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無題

Posted by はちゃち on 01.2012

結構更新が停滞してました。

以下暗い話なので注意


こういうことをブログに書くべきかどうかは分かりませんが、書いておこうと思ったので残しておきます。


先日、私の祖母が亡くなりました。

進行した動脈硬化が切れ、即死だったそうです。

 

私は幼い頃から祖母の家に泊まりに行ってました。小学生の頃の夏休みは、決まって祖母のうちで過ごしてました。

祖母の作る味噌汁よりも美味しい味噌汁を私は知りませんし、かしわ飯は小食な私でもおかわりしてしまうほど美味しかったものです。

私が病気になったときはずっと心配してくれましたし、すごく勇気づけられました。

 

だいぶ前に祖父がなくなった時には、まだ死ぬとは何なのか理解できていない年頃でした。

どこか遠くに引っ越してしまってたくらいにしか思えなかったことをよく覚えています。

 

そういえば、祖父も祖母も、私のことをよく溺愛していました。孫は他にも10人いるのに、私だけ突出していた気がします。

いえ、私はそれほどとは思わなかったのですが、周りのが時折そう言っていました。

どこまでが真実であるか、今となっては確かめようがありませんが、孫の中で私がとても祖父のことが大好きな異端児だったのが理由かもしれません。

他の孫は愛想が悪いだの、可愛げがないだの言っていた記憶がうっすらと残っています。

それに、どことなく祖父に似ていたのかもしれません。

昔から口喧嘩ばかりは強く、言い負かすまで口を閉じなかったのは、祖父の遺伝だったのではないかと思います。

最も、祖父は口ではなく手が出ていたらしいですが。

それでも、弱きを助け強きを挫くを信念とし、激動の戦中を生き抜いた祖父には、決して及ばないでしょう。

もっとも、人が良すぎたのと博打ゆえに、戦後土地も財産も大半を失ってしまい、祖母はとても苦労をしたそうです。

祖母はとても気がきき、頭がきれたそうです。

今通ってる学校で教員から頭がいいなんてお世辞を言われる私なんか、祖母に比べれば凡以下でしょう。

常に何かを考えていなければ落ち着かない私の性格は、祖母譲りなのではないかと思っています。

 

激動の戦前・戦中・戦後を生き抜いた祖父と祖母が、いったいどんな苦労をしてきたか。どんな苦悩があったのか。どれほど努力を積み重ねてきたか。

平成生まれの私には、きっと想像だにできない程の事だと思います。

勇ましかった祖父に、頭のきれる祖母。

父曰く、とても怖かったらしいです。

溺愛してくれた姿からは、なかなか想像が難しいものです。

しかし、そんな祖父祖母、そして元自衛隊員の父親を持った私は体が弱く拒食気味で、いつも病気ばかりになっていました。

従兄弟はみんなガタイがよく、多くがスポーツ推薦で大学に行く中、コンプレックスを抱いていたのは事実でした。

そんな思春期は、きっと傍から見たらこの上ないほどつまらなく淀んだものだったでしょう。

それでも、だからこそ、私は今、祖母の死を受け入れられていると思います。

自分がなぜ生まれてきたか分からなくて、なんのために生きていけばいいのか分からなくて、ただひたすら死の恐怖を感じていました。

ええ。今考えるとても中二病でしたね(笑) いろんな思春期の形の中で、私はそんな感じでした。

でも、今はなんのために生まれてきたかなんて、どうでもいいことだと思います。

肝心なことは、なんの為に生き、何を成して死ぬかということ。

祖父は財産を失ってまでも信念を貫き、祖母は家族の為に命を削って支えてきたのだと思います。

では、祖父と祖母が成し得たものとは一体何なのか。

明確な答えは分かりません。

ですが、それは私なのではないかと、そう思ってしまいます。

もしかしたら只の自惚れなのかもしれません。

それでも、突出した溺愛ぶりを肌で感じていると、そう思えてしまいます。

 

祖母が亡くなり、骸に言葉をかけた第一声は「おつかれさま」でした。

泣くこともなく、取り乱すこともなく、ただひたすらに労をねぎらっていました。きっと、他の孫は聞いたことはないのかもしれません。祖父の武勇伝も、祖母の偉大さも。

だからこそ、泣いてしまえば、心の中から二人が洗い流されてしまう気がして、涙が溢れませんでした。

祖父と祖母の意志は、私が引き継ぐ。誰しもが二人のことを忘れてしまっても、心意気だけは、私が残そう。

そう、葬式では思いました。

 

ただ唯一、この上なく後悔をしています。

私は、二年ほど前、祖母にクリエーターを目指すと打ち明けたことがあります。

その際、一つ約束をしたのです。

作品ができたら、祖母に持って行くと。自慢しに行くと。

結局、二度しか見せる機会が訪れませんでした。

その気になれば、もっと見せられたはずです。

どこかで気が緩んでいたのかもしれません。

どうにかなると。

まだ時間はあると。

そして、気づいた時には手遅れでした。

 

ひどく後悔しました。

もう二度と、見せることは出来ない。

祖母の死を耳にした時、最初にそう思っていました。

ですが、嘆いた私を祖母が見たら、祖母は嬉しいだろうか。

挫けたままの姿を見て、祖父が喜ぶだろうか。

そう考えると、居ても立ってもいられなくなってきました。

だから約束は先延ばしになっただけだと、今は思っています。

私が死ぬ時、読みきれない程の、見きれないほどの作品をまとめて持って行こう。今のように未熟なクオリティではなく、自分の集大成を、最高傑作を持って行って、自慢してやろう。

それが、私が生きているうちに成すべきことだと思っています。

いえ、成したいことです。

 

自分の考えに、美徳に正直で空気を読まない私は、祖父によく似たのかもしれません。

意外と世話好きな私は、祖母によく似たのかもしれません。

似ていたから溺愛されたのでしょうか。

溺愛されたから似たのでしょうか。

あるいは両方でしょうか。

 

現実はとても厳しくて、自分の思い通りにならない事が大半です。

ですが私は、このような祖父祖母の孫なのですから、何とかしていこうと思います。

これから、いっそう頑張っていこうと思います。

それが私にとっての祖母の供養であり、手向けになると、信じています。

 

 

 

 

ああ。

でもこれだけは言わせてください。

 

お世話になりました。

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